ハレノヒ(白のブルース)

今日は旧世界でいうところの大晦日。
昼から降り始めた雪が積もり、客足は例年より少なかった。

今年最後にメラクを指名した客は、竜人への偏見厳しい老いた浮浪者であった。
世界が『こう』なってしまったのは奴等の所為だとか、キメラの世話になるぐらいならロボットの方がマシだとか。
メラクの口がきけないのを良いことに、呪詛のような言葉を吐いてこの《湯浴み処 黒龍館》と眼前の娼婦を小馬鹿にしてみせた。
しかし伏し目がちな彼女が、彼の黒く汚れた指の爪に軽くブラシをかけ、自分の白い指に泡をつけて丁寧に撫で洗いはじめると、溜飲を下げたのか大人しく、されるがままになっていった。

今年の全ての穢れを流し尽くすような『湯浴み』を終えて、メラクは客を見送りに外へ出た。
雪は未だ降っていた。
客は傘も持たず、サラサラの積雪に足をとられながらも、上機嫌で帰っていく。

近代的なビルと、古い石造りの建屋。
交雑の街。
年越しでどこも店終いは早く、いつもは朝まで煩いネオンも消えていた。
通りのガス灯が白銀をうす青く照らしている。
今夜は怒号も、屋台の唄も、聞こえない。
薄汚い街が、新年を祝うためにリセットされたようだった。

鐘の音が響く。

メラクは厳かな気持ちで、自分の暮らす街をしばし眺めていた。
やがて冷気に気づき、ふるると身震いしてエントランスへ戻ろうとした、その時。

吹雪のように粉雪が舞いあがり、漆黒の龍が降り立った。
この湯浴み処の用心棒、トゥバクである。
「雪は全ての足跡を隠す。屋根からの眺めは格別だよ」
低い声を放ちながらその姿はしゅるると小さくなり、古書に記される『ワニ』のような顔をした、竜人の姿に収まった。

「彼は帰ったね、耳栓を外そう」
肩をすくめてトゥバクが言う。
メラクは口元を抑え、笑いをこらえるジェスチャーで応じる。
また鐘が鳴った。

「私の身体は外気温に影響を受けないはずなんだが、なぜか芯まで冷え切ってしまってね。『凍える』とはこういうことなんだろう。……あのね、その……私もお湯をいただいて良いかい?」
おずおずと申し出るトゥバク。
彼女は勢いよく頷くと、嬉しそうに扉を開けた。

(了)(845字)

①タイトル:ハレノヒ(白のブルース)
②作者名:燐果
③こだわりポイント:ハレとケ、白と黒の対比
④苦心した部分:雪の街並みは何度も書き直した。あと、文字数の都合でメラクの描写(見た目とか着ているものとか)を全カットしたので、視覚化しにくいかなあと思う。
⑤作品に寄せて:世界観と登場人物の導入を自然に織り込んでいくのが難しくて苦手です

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