【感想】『紙魚はまだ死なない』【ネタバレあり】

紙魚、のことを「本につく虫」ということはなんとなく知っていたんだけど、こんな姿をしてるとは知らなかった。
本書の裏表紙にある紙魚の絵を見て、カゲロウの幼虫かと思う。
 
カゲロウの幼虫は、川の中の石をひっくり返して捕まえる。釣りの餌にすると、アユなんかよく釣れる。カゲロウといっても様々で、確かウスバカゲロウの幼虫はアリ地獄だったと思う。奴らはかなりいろんな種類がいるのね。
 
寿命が短くて有名だけどそれは、成虫への変態時に口がなくなるから。幼虫の頃から蓄えた栄養だけで生きられるのが1日ぐらいと言われていて、仲間内にはさらに短い奴もいる。儚い比喩として引っ張り出されたりする。
 
そこいくと、形はそっくりでも紙魚の方が図太い。
紙魚とはシミ目シミ科の昆虫だそうで、無変態。つまりこれが成虫。1年間食べ物を口にしなくても死なないのだという。すごい。燃費が良い。あまり使わないならその口をカゲロウにあげたら良いと思う。
 
英語で「silver fish」と呼ばれているのは、体色が銀色をしているからだそうで、潰すと銀色の粉がつくとかなんとか。格好良い。うちの本にたかるsilver fishをパァン!てやってその銀粉をフッてしたい。
だけど日本の紙魚は茶色だったり斑らだったりするらしいから、うちで見つけてもパァンはしない。と思う。私は見たことがない。
 
ということで(?)ここから感想です。
ネタバレがあるかもしれません。

 

 

『春霞エンタングルメント』

ばななさんの作品を拝読するのは、『心射方位図の赤道で待ってる』での印象的な《一人称多数》の語り以来二度目。
共通して文体から感じるのは、濃密で輝度の高い空気感。
 
今作は、木星基地のトマと地球のニナがVR空間『β地球』の温泉宿で一夜をともにするお話。
といっても40分間のラグと仄かな触感だけでは何ができるということもなく、会話をすれ違わせながら場を共有するにとどまる。しかし二人がその場を慈しみ、もどかしくも大切にしていることがわかる。読み手であるわたしは美しい恋人たちに寄り添い、温泉宿を満喫する。
 
それが、中盤で木星基地の事故とトマの死という冷水を浴びて、この世界の理が明かされると、2人の邂逅が急に不安定なものになる。
因果を逆方向へ作用させる危険な試み。
静かな語り口の中にふつふつとした情熱があって、どうかそれが可能であって欲しいと願うようになる。希望を信じさせる、余韻の残る終わり方も好き。
 
三段組のレイアウト、読み始めたときは1ページずつ三段読んでいたんですが、うまく入り込めなかったので、トマが寝るまでトマの段を読み、それからニナの段を読み、補完的に中段を読む、というように進めました。トマが寝た表現と同時に、ニナの段で語られるトマの死には、まんまと慌てさせられました。
 
科学法則を引用する逆向き因果の消去法的証明や、《愛する人の死を防ぐ》というSFで取り上げられることの多いプロットを、芸術・物語(論)とからめて仕上げているのがめちゃめちゃ格好良かったです。

 

 

『しのはら荘へようこそ』

本作のレイアウトは見開きを四分割しており、『しのはら荘』の4部屋が見渡せる。《事情》ありげな住人がそれぞれ管理人とやりとりをしているのだが、そこから見える管理人の人物像は総じて蠱惑的だ。
住人それぞれの《事情》を助長するような管理人の言動に刺激された住人たちは、互いに興味や敵意を向けあいながら狂気に陥っていく。
数々の伏線とミスリードが、読み手と住人たちを混沌とさせて最後にストンときれいなオチ。
 
わたしのクトゥルフ知識はTwitterのネタで流れてくる「いあ!いあ!」とか「這い寄る混沌」ぐらいしか知らないので、オチを知ったあと読み直して、SAN値が減るってこんな感じかぁ、と思いました。
ちょこちょこ行き来しながら通しで3回読んでも、ネタを全て拾いきれたかは不明ですが、ああだから伏せ字だったんだなとか、これはミスリードだったのか!とか合点がいくのが楽しかったです。
 
四分割レイアウトは最初、右上右下左上左下と読んで行きました。ページによってはその順序を乱し、ほかの部屋へ視線誘導するようなものもあって、終盤は、あれっこの部屋の人が女の子っぽいんだっけ?こっちが殺人願望で…うん?あれっ?と、これがまた思惑通りに混乱。
 
このレイアウトだと、住人それぞれの背景を混じることなく描きながらも、お互いの事情が絡む群像劇的になっていくのが一目で見渡せる。けれどまたその読み方もわたしに委ねられているのであって、どこからどう読んでも自由。
その自由さが、一般的な小説形態と違っておもしろかったです。

 

 

『中労委令36.10.16三光インテック事件(判レビ1357.82)』

おそらくは、この合同誌の中で一番反応があったであろう作品。わたしもこの作品のサンプルをちらっと拝見して購入を決めたクチ。(身内が団交のリーダーに担ぎ出されたことがあって、そういう面での興味もあった)
 
最初の数ページは慣れない文体に目が滑ってしまい、なんらかの不当労働問題が発生していることしかわからなかった(わかる人にはわかると思う、わたしはわからないまま読み進めた)。
自分はなんの話を読んでいるんだろうと疑問が浮かび始める頃、【セカンドワーカー】【オピノベーション】の詳細が分かってくる。わぁ!やっぱりSFだった!とわくわくする。 
資料の見せ方がとてもお上手。わたしは架空の資料大好き人間(自作品でも地図や統計資料を作ったりする)なので、セカンドワーカー労働組合による読めない文字の議事録とか、文科省ガイドラインとかもう垂涎。とくにオピノベーションの雑誌記事は、現実の事柄を練り込みながら語句と世界観の解説がなされており圧巻。
20にも及ぶ資料(存在が確認できなかった参考資料も含む!)は、この世界に浸らせてくれる重要なアイテムだ。
異体字のくだりで齋藤と渡邊のバリエーションには噴いた。わーーー。
 
読み進めるとこの労働問題が、文化と人権の問題であることがわかってくる。オピノベーションという、ヤラセにも近い手法を用いた、限りなく黒に近いグレーの広告代理業。【ロボット】【AI】が差別語とされる世界(この説明がほんと素敵。これだけで、【セカンドワーカー=2号主体】が従来のロボットと一線を画していることを表現できている)で、1500人の【セカンドワーカー】とのチャット上団体交渉を迫られる経営陣。
 
社長部長の証言でめっちゃ笑った。笑いながら「いや労働力として必要ならちゃんと対応しろよ」というセカンドワーカー寄りの気持ちで読んでいるのだが、読み進めるうちには、「これは昔の『新人類何考えてるかわからない問題』と同根だなあ」と、おじさん経営陣への憐憫すら生じてくる。
 
現実にも同様の問題はあって、外国人労働者(主にブルーカラー)を雇用する企業で見かけることがある。
お昼休みに行われる宗教上の習慣や、理解できない母国語で会話する労働者たちに脅威を感じ、居丈高になる管理職をわたしも見かけたことがある。だから、社長と部長の対応をとてもリアルに感じるのだ。
権利を声高に叫ばせる物語ではなく、二号主体の不利益と不都合を判例として提示することでロボット後の世界を見せる、非常に面白い作品でした。

 

 

点対

この物語は、本屋を舞台としているが地の文がなく、二人の双子の独白から始まる。奇数行と偶数行でそれぞれ同時に喋っている構成だ。その奇抜な文章構成への戸惑いが薄れてくると、双子の独白の同時進行でおおよその内容が掴めるようになってくる。意図してそのように単語を配置してるのだろう、と思う。
やがて独白のシンクロがちらほらと現れるが、それは、兄と弟が中間点A(西園加蓮の顔だったり、相手についての言及だったりする)を中心に回転し、ときおり重なっているさまなのだろう。
相手の洋服を着た記憶について、その感情までもがシンクロし、重なり、すれ違い、ぐるりと回り、またピタリと重なり。
そして双子の話から昔の記憶に点Bを見出した本屋の夫妻もぐるりと回り、時代を超えて双子と重なる。
 
双子の会話は最初軽いのに、点対の回転を繰り返すたびに寂寞とした趣を帯びてくる。
それは、キャッチされない会話のせいなのかもしれない。双子も夫婦も、ただ言葉のボールを投げ続けている。しかし点対称にある彼らは、重なり、やがて溶け合い、ひとつになる。
自分の心の中でつぶやくことは自分ひとりのものだと思い込んでいるけれど、もしかしたらこうやって常にどこかの点で誰かと重なっているのかもしれない。
重なり、溶け合い、彼我の境界が曖昧になっても、それが最後にスッと単純な図形としてまとめられているのは職人芸的。
 
彼我が混ざり合ってしまう不安を、ひまりちゃんが上機嫌な顔で解消してくれたのが、わたしにはとても読後感よかったです。
不思議な作品でした。読むたびに好きになる。すごい。

 

 

冷たくて乾いた

この作品は、読み手として読むときと、書き手として読むときとでかなり違う感想になるだろうと思った。
終わらない読書を続ける妹を見守る、姉の話である。
妹が読み続けているのは、どんな本だろう。よほど面白い/奇特な/感動する/怖いもの見たさの/わくわくする/すばらしい/etc/本に違いない。
 
姉妹のストーリーの合間にメタ解説が現れる。
読み手として読むと、たいへんに挑戦的な文章である。
『引き返してみよう』『読み直すんだ』『読み続けるんだ』そんな指示を、論理を、ニヤニヤしながら無視して読み進める、それが読み手としてのわたしの読み方だった。
しかし、書き手として読むと、それらがすべて痛いくらい刺さってくる。
『引き返してみよう』『読み直すんだ』『読み続けるんだ』それらは ”ある種の書き手” の、心からの叫びだ。
妹という読み手に読まれるためだけに研究される表現技法、紡がれるモノガタリ、書かれる本。
もっと楽しんでくれ、読み終わらないでくれ、もっと面白い/奇特な/感動する/怖いもの見たさの/わくわくする/すばらしい/モノガタリを続けるから、どうか読み続けてほしい。
 
文章中で何度も登場する《冷たくて乾いた》は、決して字面どおり受け取ることはできない。それは書き手に必須の一面ではあるが、その内側は熱く沸騰しているものだ。
それが爆発的に『表現』として『表に現れ』るとき、面白いものになるだろう。
引き金は、やはり『読者』だ。
 
終盤の、バベルの図書館のアクションシーンは小気味良く、そこから静へと戻り新たなフェーズが展開するのも鮮やか。
『万能読書機械』は選ばれなかった読み手だ。これもまた、たいへんに挑戦的だと思うのだが、”ある種の書き手” にとって身に覚えのある真理だろう。『作品』と『読者』への愛を感じる。読み手と書き手は表裏一体なんだよな、と思ったりもする。
 
『山の神さん』に続いて笹帽子さんの物語を拝読して、こんなふうに様々な表現や素材を思い通りに駆使できたら楽しいだろうなあ、という、ふよふよとした羨望がある。
けれどそれは恐らく努力と研鑽の賜物であろうと思われるので、わたしも、もすこしがんばろうと思います(?)

 

 

ボーイ・ミーツ・ミーツ

「ボーイ・ミーツ・何だって??」とならざるを得ないタイトル。
どこから突っ込めばいいのかわからなくて、突っ込んだら負けのような気がする。
ええと、ギャルゲーでした。
いや、肉ゲーでした。
あのう、肉と関係を結ぶんです。肉対関係を。
食べるんです。隠語じゃなくて本当に食べるんです。犬が。
 
だめだ、何をどう書いても、10年後にこれを読んだ私が本文を思い出せるような感想を残せない気がする。
これはやはり紙の本にして正解だろう。
例えば電子書籍としてスマホにダウンロードしたとして、機種変したときに、うっかりキンドルが開けなくなったりしたら大変である。
わたしのこんな感想だけ残しておいても、「肉対関係……? 何をおっしゃってるのかしらわたくし??」となってしまう(でもあの『永訣の朝(粘度MAX-ver)』みたいな詩だけは思い出せそうな気がする)。
その点、紙の本なら何十年でも残る。よかった。
あ、リフロー不可能ってそういう(違う)。

 

 

そんなわけで

感想は以上です。
解釈違いや読み込み不足があるかもしれないけど許してください、わたしはこんな風に読みました。
とにかく面白かった。
 
ちょうどこれを書いている頃に、感想についてのあれこれがTwitter上で繰り広げられていて、自分の感想をWEB上に公開することに対して少しためらいも生まれたりしたんですけど、面白い作品を書いた方にエールを送りたいということ、それから、わたしのフォロワさんに面白いものを紹介したいという、主にそのふたつの気持ちでしたので、まあ気にせず公開することにしました。
 
で、いまさらなんですが、こちら↓が公式サイトです。
https://sasaboushi.net/silverfish/
いま見つけました。
ええー、めっちゃカッコいいけどむずかしくてよくわかんない!こっち先に読んでたら、感想なんか書けなかったよ恥ずかしい!!書いちゃったから出しちゃうけど!!
 
あんまり面白かったというと、じゃあ買ってみようかという方が、いらっしゃるかどうかわからないですけど、この本はすでに完売してると思います。
(「紙魚死んだ?」「死んだ!!」みたいな会話を見ました)
でも、読みたいですって言えば再販の可能性もゼロではありませんし、紙魚はカゲロウよりもしぶといので、また様子を見て本棚のあいだから出てきてくれるかもしれません。

もう一回言うね、面白かったです!

 

(了)

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