【ネタばれ含む 感想】ねじれ双角錘群『無花果の断面』

「テーマは『群れ』」
「サークル名を回収しにきた」
「これが最終刊では」
と話題になっていたような、いないような、ねじれ双角錐群さまの新刊。 読了したので感想をしたためます。

 でもね、これはひとつ書いておきたいんですけど、前前作『心射方位図の赤道で待ってる』の感想を公開した後で、ね群さまの読書会レジュメ(ね群さまが自作『心射方位図の赤道で待ってる』を読みあって感想したり解説したりする会のまとめ)を拝読しまして、
「あーっそういう!そういうことなのか!!」
「ええーっそんな意味が!」
「うわーっ説明されてもぜんっぜんわかんねえーーー!」
となったものですから、今回新作を読むにあたり、わたしは感想なぞ書かずに識者のレビューや解析班を待って、 「あーうんうん、なるほどねーそっかそっかー」 と画面の前でこっそりやってればいっか、と思っていたのですが、読み終えたらうずうずして、そうもいかなかった。

 ですので、ちゃんとした分析とか、評論とか、この本を読むための参考にするとか、そういう文章は他の方へお任せします。この感想文は「私はこう読みました」という報告(誰への?開かれた世界への。)です。

 この本に興味をもって拙文をご覧いただいている方がいらっしゃるとしたら、まずは本編を読んでから、他の方のレのビューとか、のちに出るであろうね群さまによる読書会レジュメを読んだら、きっと新たな知識も得られたりなんかしてめっちゃ楽しめると思います(し、私自身そういう楽しみ方しかできなくてご免なさい)。

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まず表紙。
「無花果」の「断面」ってどのくらいの認知度があるんだろう。あの種がぎっしり詰まったような中身を想像できる人ってどのくらいいるんだろう(わたしは無花果を食べたこと自体がほとんどないけれどなぜか知っている)。裏表紙に断面が描かれているのを予想してひっくり返してみると、あらやだ、集合体恐怖の方にとって優しいつくりになっている。表表紙にはたくさんの指紋のように見える模様もついていて、多数の存在を想起させると同時に、指紋で汚してしまうことを必要以上に怖れなくていい。優しい。無花果の葉を纏ったアダムとイブが世界初の「群れ」だ、とか言うかな?言わないか。

緒言。
テーマが《群れ》であることの宣言。
「ね群」作品は各執筆者の個性が際立っていて、「没個性の群れ=ね群」ではないと思うのだけれど、たとえば個性的なSF作品を書く○○氏について、「○○氏って『ね群』なんだって」と耳にしたら、「あーわかるー」と言ってしまいそうになる、そういう意味での「ね群」は、確かに私の中に群れとしてある。
”群れそのものが答えなのだ。”


『教室』
 教室の中の様子が詩的に語られていく。A、B、C……と各人の位置関係をメモしながら読んでみたけれど、Iで断念した。学生時代を思い出すようなわちゃわちゃした「教室」。Zまでの人物がすべて同じ時間軸に存在しているわけでもないらしい。なるほど、「教室」で括られることで「生徒」という《群れ》になる。
 AがBを見つめている、その時点を現在として、過去と現在と未来、夢と現の存在が混在しているのを眺めることができるのは、作者である「わたし」と読者である「あなた」だけ、ということだろうか。Aは「わたし」であり、「あなた」であるという。外から見つめる者があってこその《群れ》、文末座席表のAがせつない。


『マーズ・エクリプス』
 火星移住の先導者『ナビ』である女の子三人組が、三人組であろうとする話。  テルがあかりに記憶を語るように指示する場面では、地球と火星の正史を保持するための仕組み『ストーンスネーク』の陰に無数の、歴史未満の彼女たちが存在することがわかる。同様に、未来へ向かっても存在する無数の彼女たち。これが《群れ》なのか。可能性の群れ。
 笹さんの作品は(私が知る限りでは)登場人物の熱量にわくわくさせられる。SF要素というのが登場人物の生きる世界そのものであって、アイディアを自然と飲み込めてしまうのが好き。
 今作では、必死になんとかしようとしてるテルちゃんを、ふたりが迎えに来るシーン。P65の「私は、自分のせいで~」から始まり、「八月の朝の~」「宇宙船やたがらす号の~」を経て、笑顔の三人が見えるようなストーンの、それでいてデジタルな記録が大好きで、そのために全てがあるのでは?というくらいです。めっちゃできる子たちなのに悩んだりもがいたりしてるのもいいし、それぞれの能力を使い切って三人の未来を生み出すのがまたいい。泣ける。
 笹さん節、ともいえる人物の掛け合いが、少しスマートになって健在してて、それもよかった。


『大勢なので』
 死んだ人間と、残されたノート。ひとりの死の周囲を観測する一人称の語りが一つのパート、そのノートの中身と思われる思索がもう一つのパートになっている。様々な一人称による死の観測と世界についての思索が交互に描かれることで、とてつもない「大勢」をぼんやりと認識した。
 一人称たちは皆「無限」の「《いま・ここ》」と「わたし」について定義されたノートを読んでいるらしいが、それは行間になる。ただひとり、最初の一人称の「私」だけは、ノートの内容を読み、母と共有したかもしれないと思われるのだが、読んだと明言しているわけではなく、ほかの一人称たちも読んだかどうかは確定できない。しかし彼らがノートを読み《いま・ここ》論を知ったとしたら「主観的に生きのび」ていくのだろう。
 こう、という読み方がわからなくて、読者である私は地団駄を踏んでいる。他の方のレビューを読むのが楽しみ。
 私の読解力を脇においても、鏡部屋に入ったような「無限の《いま・ここ》とわたし」についての思索には魅力があって、何度も読み返した。一人称の描写では、後の世代の方がワクワクする。嫌々地球に行ったら火星に似てた話と、受肉の話が好き。受肉の話のざらついた世界観の表現は、小説ならではだと思う。


『分散する風景』
 いつか来る母の死に対する恐怖に苛まれた「私」が、それを受け入れるために、複数の代替母と親子関係を築いて彼女らの死を看取ろうとする話。
 個対個の最たる関係ともいえる母子関係に《群れ》を持ち込む発想がおもしろい。私自身、娘であり母であるのだが、母-子の関係というのは日々の積み重ねであると思っている。赤ん坊と母親の日々から、歳をとった娘と老母の介護の日々まで、日常の「風景」を連ねて関係が続く。だから、この代替母たちと娘との物語が、「分散する風景」であることがストンと入ってきた。
 物語は死への恐怖を起点として代替母の死に終着するかと思いきや、いつしか無限に続きそうな気配になる。ラストシーン、救いのように思えたのだがどうだろう。私はおそらく実母の目線で読んでいたのだが、娘である「私」が複数の代替母と母子関係を築き、実母がどこに行ったか分からなくなってさえ、なぜか嫌な気にならない。木が森に隠され、娘の企みが成功したのだとしたら、母としては喜ばしい。読後感は柔らか。


『電子蝗害の夜』
 個人的に、一番楽しみにしてた作品。
「魚群探知」「ムクドリの群飛」「古代血統馬群」。《群れ》は記憶と言語を持ち、寺神戸によって操られ、三好によって創発を促される。全体的に専門用語を多用した語り・解説が多いのだが、それほどむずかしく感じない。最終的な着地点のためだろうか。
「ラビット」として「群れ」を制御し美しい「言語」として観測する、ロマンティシズム。馬の語りの章は特に、全てに熱がこもっていて好き。三好達治の大阿蘇を連想し、それと対照的な群禍を思い描いて読んだ。
 いつもの執筆者がペンネームを変えていることを知ったから、という理由で楽しみにしていた本作だが、二段階着地は予想していなかった。群れ言語小説に登場する三好景と、作家として愛されている三好景、どちらも非常に魅力的。映像化熱烈希望。というか、そうか、群れ言語インタープリターをアドインしたVRアプリケーションで本作が読みたいです……!!


『なまえ』
「人生の黄昏」を迎える「わたし」が、亡くなった古い恋人の娘から相談を受ける、その顛末。
 ストーリーの開幕から情報量が多い。人や物事に固有の情報、しかし「わたし」にとってどうでもいいこと、が多い。そこへ恋人の娘がやってくる。恋愛相談があると言い、彼女のクラスの様子が語られる。
 転校生の「アユタヤ」、という異物について。クラスに転校生を受け入れるってそんな感じもあるよね〜という共感が次第に、ちょっと大げさじゃない?から、このクラスおかしいぞ、になり、迎える「破局」。清々しいまでのスラップスティックな描写に乗せられ、あれよあれよというまに「アユタヤ」と娘の逃避行にキュンとなる。
 キュンとなるんです! すごいよここほんと。
 私ね、「——ひそやかなその名を口にした」までキュンに浸りきっていたので、ここまでが娘パートだということをすっかり忘れていて、「そこまで話すと少女はうつむく。」でハッと我に返りました。そうでしたそうでした。
 何も考えずに最後まで読んだ。勢いが心地よかった(けど、何か裏とか仕掛けとかないかな?って不安になる。これは、ね群作品を読むとありがちなこと)。
 総匿名社会となった世界でカコが「ロートル」として生き残っていること、生き残れる余地(としての島)があることは救いだ。最初から最後まで上手くまとまっていて読後感がさわやか。

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 というわけで、感想を書こうと読み返すうちにわかることもあったり、思考のどつぼにはまったりしながらも、なんとか私なりに感想を完走しました。
  どうして、感想を書くだけのことでこんなにエクスキューズが多いのかというと、ね群さまの感想をブログに載せると、ビューがめっちゃ伸びるんですよ!
 だから、下手な感想は書けねえな、というのが正直なところなんですが、下手な感想を書けないような世の中もどうかとおもうので、えいっと公開します。

おもしろかった。新刊も楽しみです。
みんなも読んでよ。みんなの解釈を耳打ちして教えてください。

以上!!

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