Show must go on

カテゴリ:現代物, 読み物

投稿日:2017-05-01

「落ちるぞッ!!」
相棒の声に、ハッと我に返る。
ブランコを掴み損ねた手は空を掴む。
向こう側に待っていた相棒に

「ごめ……」

声にならない声を投げながら、ゆっくりと身体は落下していった。

硬いネットにバウンドして、体勢を立て直す。

「……死ねないのね」

誰にも聞こえないようにするなら、口になど出さなければ良いのだが、卑しい。

お尻に食い込んだ衣装を直しながら、舌打ちしてネットから降りる。
相棒がはしごを降りてきて、私の視界へ入ってくる。

「どうしたんだ、何を考えてる?」
「今日の晩御飯のこと」
「嘘だ。お前はたまにそんなミスをする、視線が俺を通り越すんだ、何を見てる?」
「何も」

 

彼と反対側から、カツカツと靴音が響いてくる。団長がやってきた。

「おいおい、今こんなじゃ困るよォ。明日が本番じゃないか!クリスマス特別公演だ、あのバカ首相も夫婦で来るんだぜ、近年稀に見る素晴らしいサーカス団だとね……ひひっ。頼むからしっかりしてくれ。なっ」

全く内容のない軽薄な声をかけ、ポンと肩を叩きながら通り過ぎていく。
彼はジャグラーを楽しんでいるところに団長職を押し付けられた、いわば被害者であるので、その軽薄さを責めることは、私にはできない。

相棒は苦々しくその姿を見送り、私は淡々とはしごを登ることにする。
アリーナの隅に、猿が曳き出されてきた。

自分の胸と頭を交互に叩くその仕草は、最近流行りの一発ギャグであるらしい。
しかし、いつまでも叩いているので調教師に叱られる。私は二人を見下ろしていた。

相棒もいつのまにかブランコ台に戻っている。
彼は自分の足元のラジカセを鳴らした。

3、2、1。

私はブランコにぶら下がり、一往復する間にくるりと逆上がりする。

相棒が足場を蹴って飛び出す。ブランコに足をかけ、両手を私に差し出して往復する。

2、1。

私は自分のブランコから飛び、彼の手を捕まえる。

せーの。彼の手を離し、自分のブランコへ戻る。

 

行ったり来たりを繰り返しながら、私は今日の晩御飯のことを考えてみる。
もしかしたら得られていたかもしれない夫や、子どもたちを想像してみる。
七面鳥を焼いて、ケーキを作って、シャンパンで乾杯して、「クリスマスおめでとう」顔のない夫とキスをする、そんな晩御飯を想像してみる。
小さいリビングには暖炉の横にもみの木が飾られ、街の雑貨屋で買った星が光っている。その横に、顔のない子どもたちの作った大きな靴下が下げられている……。

 

「危ない!!!」

 

相棒の声が聞こえた。
私の身体はゆっくりと落下した。
いつもでは有り得ない方向へ。
そこにネットがないことは知っていた。

 

「メリークリスマス」

 

(終)

(即興小説トレーニング  お題:優秀なサーカス 必須要素:一発ギャグ 制限時間:1時間)