嵐の日の猫

カテゴリ:読み物

投稿日:2019-05-29

クロイネはメスの黒猫だ。ピンと立てた耳は大きめで、ほっそりした顔立ちをやや幼く見せている。いつもこじんまりと座り、ゆっくりと、長い睫毛で瞬きする。
「ミャーオゥ」
高く掠れた声で鳴き、首をひねってわたしを見る。

ぽつ、ぽつ。
降り始めた夕立は、すぐに強い風を伴ってザ、ザッと窓を叩いた。テレビに、豪雨警報の速報が流れる。雨は風に翻弄され、激しく弱く窓を打つ。
意志を持つ、それは音楽だった。

丁寧に顔を洗っていたクロイネはその手をとめた。嵐の音に耳をすませた。
鼻の周りをヒクヒクとさせ、しきりにヒゲを動かす。
そして、もう我慢ならぬというように、テレビの前の空間にタタと走り出たかと思うと、フワッと後肢で立ち上がった。前肢を横へすうっと広げると、雨だれに合わせてバレエを踊り出す。

バランスの良いアラベスク。からのジュテ、アントラッセは美しく回転後の静止。
目を丸くして見ていたわたしに視線だけ向けて、ミャーオゥと鳴いた。

(そうね、おまえ、テレビでバレエ観るのすきだったものね)

 クロイネは鼻先をツンと上げ、すこし、笑った。

《了》

(アンソロジー『猫が人のふりして作曲家している』選外作品)