夜を掬う —宵闇の、溢れて朝[序章]—

ここは東の最果て。切り立った断崖の遥か下に、白い波が現れては消える。
この高さだけをみても、大昔、身投げの名所だったという話は理解できる。ましてや、満月の夜ならばその遺体は人魚に弔われるのだとか、波間に顔を出す海竜の餌食になるのだとか聞けば、死をロマンティックな誘惑だと感じる者も少なからずいたであろう。

しかしそれも100年前までのことだ。100年前、”革命の夏”を生き延びた数少ない人類は、2つの生き方を迫られた。ひとつは、AI兵士”ARs”が統治するテクノロジーと消費の社会で暮らす”持てる者”。
もうひとつは、遺伝子操作クローン兵士”リライ”が群れる自然と再生の社会で暮らす“アーシスト”。
そのどちらにもなれなかった、なりたくなかった者の為に開発された『宵煌散』が安らかな死を確約してからは、痛みを伴う死を望む者は殆ど居なくなった。

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南へ下った処にある大きな港町と、北へ上った処にある賑やかな商業地をつなぐ高速道路には、昼も夜も途切れなく、大型トラックが”持てる者”の荷を運ぶ。
並走する街道には、これは朝焼けから日暮れまでのみ、”アーシスト”を載せた馬車がのんびりと上り下る。その幹線の一部を一辺として海へ向かって三角形に突き出た形のこの地域が《クロスデルタ》である。
夜になると灯を燈す酒場や、闇市、宿屋が集まっている。店の資本に拠ってきらびやかなビルであったり、土壁にガス灯の平屋であったり、それはこの国で唯一、“雑交”が赦された(といってもそれは黙認のような形であるのだが)街であった。

その最奥、東の突端にある古いレンガ造りの”湯あみ処”に、私は居留することにした。
(旅行記を書くのであれば、静かな宿屋か管理されたホテルの方がふさわしいのではないか、と読者諸氏は考えるかもしれない。しかし待ってくれ。我々は人生を、静寂の、規律の、合理の中に置きたいと思うだろうか?我々が望むのは、喧騒で、自由で、混沌な喜びではないのか?だったら私は、この”湯浴み処”を選ぶ。まずはここから、始めさせてほしい)

夜にそのロッジの屋根から見下ろす漆黒の竜の姿から《黒竜館》とも、そこに待つ娼婦の名から《メラクの部屋》とも、男娼たち目当ての客からは《双子のアレ》とも呼ばれていた。

しかし、その娼館の経営者であるグランマーーと呼ばせてはいるが、性別は不明ーーによれば、
「名前なんてなんでもいいのさ。だって例えばさ、たった一週間やそこら泊まってこうやって旅行記を書いているお前さんが知ってるこの婆と、50年も好い仲やってるカタリアーナ灯台守のスハ爺が知る夜の婆とが同じ名前である必要はなかろう?」
ということなので、諸君、我々はそこをどう呼んでも構わないそうだ。
では、仰々しく宣言することにしよう。

《クロスデルタ》あらゆる異質が交雑する街
我々の手帳に、溢れんばかりの自由を!!

 

(2015年4月 初出)

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