【感想 ネタバレしかない】『方舟』夕木春央

カテゴリ:感想

投稿日:2023-04-08

久しぶりに商業のミステリーを読みました。

読書メーターなどで感想をざっと眺めたのですが、同じ感想をお持ちの方を見つけられなかったので、ちょっとここで書いてみたい。

さて、まずはあらすじ。以下引用

「週刊文春ミステリーベスト10」&「MRC大賞2022」堂々ダブル受賞!

9人のうち、死んでもいいのは、ーー死ぬべきなのは誰か?
大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。
翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。 そんな矢先に殺人が起こった。
だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。ーー犯人以外の全員が、そう思った。 タイムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。

講談社ブッククラブ https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000369228 内容紹介より

ここから感想です。ネタバレしかありませんが、たぶん、本編読んでない人にはつまらない文章だと思います。読んでいれば、ああーそうかも!とか、いやそんなことないだろ、とか思えると思うんですよね。
ではどうぞ。

・QRコードで公式ネタバレ解説

巻末でなくてQRコードで読み込むっていうのが面白いですよね。ここんとこミステリー買ってなかったので知らないんですけど、最近多いんですか、別添の解説って。
それほどまでに伏せたかったのか。いや伏せたいし解説もしたいよなこれは……

・オセロをひっくり返すような

感想でよく見かけたのがこの言葉。翔太郎の推理と麻衣の自供によって彼女が犯人だと確定し、彼女が巻上装置の稼働のために小部屋へ向かったシーンまでを、例えば白(探偵側)の優勢だとしましょう。ほぼ探偵側の勝ちが確実。でも、なんか違和感ありましたよね。
翔太郎が自信を持って犯行を一つずつ説明し、犯人である麻衣もそれを認めているのに、
「え……、ほんとにそうなの?」
って思いませんでしたか? この小説を読む前にあちこちで「どんでん返しがある」って耳にしていたことを差し置いても、最初の殺人の動機だとか、さやかの首を女性の力で10分程度で切断できるものなのかとか、瞬時の判断でためらいなく矢崎のお父さんを殺したこととか、翔太郎の説だとちょっと弱い感じがしませんでしたか? もやもやが残るというか。なにか強い要素がたりないというか。
それが、ですよ。麻衣の告白で、盤面の白い駒がどんどん裏返っていく。そのもやもやすべてが強い意志で裏打ちされていたことがわかる。そこまでの人物描写が薄めだったのも、このオチのためだった。ミスリード的なものもあまりなかったですよね。全体的に、翔太郎の推理と麻衣の告白が先にあって、それをつなぐだけの展開と描写にしたのだろうと思う。オセロを鮮やかに魅せるために。
話題になった理由がわかりました。

・トランシーバーアプリの回収

読了後に、最後の麻衣と柊一とのトランシーバーアプリ通話のシーンを思い出して、
「そうだ! 推理披露までにこれ使われなかったじゃん!! 最後に麻衣が柊一と話すことはほぼ確定してたわけじゃん!!!なんでそこから犯人わからんかった自分?!?!」
ってなりませんでしたか(私はなりました、メタな視点ではありますが。私、推理披露の前にいったん本を置いたんですよ、それまでの怪しいとこを思い返してみたんですよ、それでも気づかなかった!!くやしい!!)。

・ハニートラップ?

麻衣と柊一の距離が縮まっていくにつれ、あーこれハニートラップじゃねと思いませんでした?(私は思いました)あやしい~麻衣怪しい~。
私はその気持ちのまま麻衣の本音(最後の柊一との会話)を聞いたら、案外本気だったかもしれない麻衣への申し訳なさが募って、ちょっと彼女へ肩入れしちゃったんですよね。肩入れ内容については次に書きます。

・読後感最悪なのになぜか爽やか/犯人怖い

「イヤミスなのになぜか好き」とか、「後味は悪いけどなぜか爽やかさも感じる」っていう感想もけっこうありました。それと「犯人が怖い」「恐ろしい」って感想も多かったですね。それは私の中ではつながっています。

それまで一人称だった主人公と探偵役を含む、殺人犯以外全員が脱出不可能を知った阿鼻叫喚で小説は終わります。彼らはこのあとどうなる/どうなったんだろう、とは私ももちろん思いました。でもね、それよりも私は、オセロでそこまでの事実の裏付けがひっくり返され、それまで柊一目線でわずかしか語られなかった麻衣の日々に、人生に、何があったのかを想像してしまった。

もしかしたら、の気持ちを捨てられずに作った二対のボンベセットが麻衣の足元にはあるわけよ。柊一の「じゃあ、さよなら」って声を反芻して「やっぱりそうだよね……」と少し笑って自分の分だけ手に取る麻衣のさびしそうな顔を想像してしまった。そうしてボンベを背負う彼女の決意と後姿を私は見てしまった。暗くよどんだ水中の地下三階を、さやかの首をそっと押しやったりしながら進み、水中を脱した時には安堵のため息をついただろう。非常口までの長い通路、一歩一歩踏みしめて戻れない道を行き、やっと外に出た麻衣が見たであろう高い空……それらを想ってしまった。

残された彼らの絶望の声を聞いて(絶対すごい音量で聞こえていたと思うんですよね、だって落ちる前の岩は、地下2階天井との隙間から地下1階のドアが見えていたぐらいなわけですから)、それでも《やり遂げたかったすべての束縛からの脱出》を果たした彼女に、ある種の《清々しさ》を抱いてしまうのだ。

麻衣の思考回路は、小説中では背景がはっきりと示されない。だから、彼女は柊一に相談するより先に隆平ともっと語り合うべきであったとも考えられるし、それができないのであれば隆平と離婚してすっきりしてから柊一を求めるべきであったとも、倫理的には言えるでしょう。彼女の今の生活がどの程度逼迫したものだったか読者は知らされていない。彼女の告白をどう受け取り、どう補完するかによって、彼女のエゴイズムが他9人の命を奪うという解釈の幅ができる。怖い女や、と言うこともできるのはわかる。
まったく罪作りな一人称小説である。

・わかんないけどさ

小説に書かれた後のことはわかんないけどさ、みんな「あのあとどうなったんだろう」って考えたでしょ?(私もいくつものパターンを考えました)

『方舟後日譚コンテスト』みたいなのが開催されたら面白いな。すっごい夢みたいなハピエン展開や、正統な鬱展開や、思いもよらないような展開とか読んでみたい。(まあ、本文から予想できる鬱展開がこの作品のイヤミス的味わいであることも確かなのだけど)

ちなみに《ぼくがかんがえたさいきょうの方舟後日譚》はね、
「入り口が開かないことで麻衣の企図に気づいた翔太郎が『麻衣!冷静な判断をしてくれ!!地上に出たら警察に通報を!オレたちの存在を!!』と叫び、それに続いて残る4人も命乞いをするが柊一だけは『僕たちは君を救うことはできなかった、だから君の好きにしてくれていい』と言う。地上へ出た麻衣はその足で別荘へ向かい、そこにいた警察にメンバーの家族から捜索願が出ていることを聞かされる。完全黙秘を続ける麻衣。三日経ち、突然自白を始めた麻衣の供述どおり、警察は大掛かりな救出作業の末、方舟の中にカマキリたちの死体を見つけた。おわり」

やっぱりイヤミスやんけー!!

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