《bar ティアドロップス》

2019-03-02

そこは、駅から10分の裏路地。 《bar ティアドロップス》 今にも力尽きそうな古い看板と、年季の入った木製のドア。 これまでに何度も、立ち止まって看板だけ眺めては踵を返す、ということが続いている。 「…まあいいや。どう(続きを読む)


されど日々は過ぎて

2018-07-24

秘密を作った。 彼女が「ねぇ、」と切り出せば、それは誰にも《秘密》の《秘め事》なのだった。   僕が彼女と同じ会社にいるのはあと1ヶ月だから、こうして毎晩のように何処かへ出かけて《秘め事》をしたとしても、せいぜ(続きを読む)


添いとげる理由

2018-07-07

「ねえ、約束覚えてる?」 妻が言った。 「……ああ、覚えてるよ」 「若かったわ」 「後悔、してるのか?」 「……愛してるわ」 妻は目を伏せた。 「僕だって愛してるさ、だからこの家を買った、50年もローン組んで」 彼女は首(続きを読む)


大抵のことは愛でカタがつく。【4】BL

2017-12-04

「ポーズ集のモデル?」 「そう。あ、裸ね」 僕はメガネをずり上げた。 「いいんですか、僕、がりがりですけど」 サブカル系出版社に勤めるタカヤさんは、手を振って、ビアグラスをあおった。 「いいのいいの!セッちゃんがカワイイ(続きを読む)


大抵のことは愛でカタがつく。【2】匂い

2017-05-01

「例えば?」 僕はグラスを磨きながらセツに尋ねた。 彼はカウンターに座って、いつものように頬杖をつき、左手の爪を眺めながら答えた。 「玉」 「ほう、ほう、なるほど。理解した。じゃあね、……ま、ま、ま……卍固め」 「普通に(続きを読む)


無題

2017-05-01

あっ、と思った時には、すでに遅かった。 俺の古ぼけた革靴の下で、蜂は潰れていた。 長い手足をかすかに動かしてはいるが、臓物をさらけ出してはさすがに生きていられまい。 なんてこった。 日当たりの良い喫茶店の、窓際のこの席に(続きを読む)


夏の夜に寄せて

2017-05-01

だから明日は台風が来るっていう夜に給食室の壁によじのぼったりできるのよ。 「なんか言った?」 「ううん、何にも」 この人の好きなものはあたしの好きなもの、この人のしたいことはあたしのしたいこと。 あたしの真ん中のどーんっ(続きを読む)


僕の誕生日に

2017-05-01

去年の今日、恋人に振られた。 三年前の今日、名古屋に飛行機が落ちた。 四年前の今日、父が死んだ。 八年前の今日、何処かの国の原子力発電所が燃えた。 十五年前の今日、家から100メートルのところに小学校ができた。 二十年前(続きを読む)


凪の旅路

2017-05-01

ちょうど、こんな空でした。 *  私はこのひとと一緒に繁華街を歩きまわっていた。 今日は珍しく北風は止んでいたけれど、暗い雲がどんよりと空を覆っていた。 この時間になると町中のネオンや明かりが反射して、空は明るかった。 (続きを読む)


Show must go on

2017-05-01

「落ちるぞッ!!」 相棒の声に、ハッと我に返る。 ブランコを掴み損ねた手は空を掴む。 向こう側に待っていた相棒に 「ごめ……」 声にならない声を投げながら、ゆっくりと身体は落下していった。 硬いネットにバウンドして、体勢(続きを読む)