嵐の日の猫

2019-05-29

クロイネはメスの黒猫だ。ピンと立てた耳は大きめで、ほっそりした顔立ちをやや幼く見せている。いつもこじんまりと座り、ゆっくりと、長い睫毛で瞬きする。 「ミャーオゥ」 高く掠れた声で鳴き、首をひねってわたしを見る。 ぽつ、ぽ(続きを読む)


ホメオスタシス

2019-04-14

現代文の授業中、先生に指名された真由は『こころ』の一文を読みながら、ふらふらと歩き出した。 先生の制止も聞こえない様子で、教科書を投げ捨て、最後の2、3歩は走るようにして、窓から身を投げた。 私たちはみんな、ただ呆然と彼(続きを読む)


麗らかな春の10歳

2019-04-06

「ねえおかあさん見て!玄関にツバメが来たよ!巣作りするかな?ひな生まれるかなあ?あーダンボールとか下に敷いた方がいい?落ちたら大変だよね!!」 「気が早いわよ」 「だよねえ」 咲(さき)と名付けた娘は、願いどおりよく笑う(続きを読む)


《bar ティアドロップス》

2019-03-02

そこは、駅から10分の裏路地。 《bar ティアドロップス》 今にも力尽きそうな古い看板と、年季の入った木製のドア。 これまでに何度も、立ち止まって看板だけ眺めては踵を返す、ということが続いている。 「…まあいいや。どう(続きを読む)


インフルエンザ・ウィズ・ヴァンパイア

2019-02-02

「理人さん!お返事、できますか…!」 小夜子は居間に横たわる理人の耳元で声をかける。 彼はうっすらと目を開けた。 「ああ! いま救急車を呼ぼうかと」 「…大丈夫、ですよ」 「さっき飲んだお薬、人間用だったんです! あそこ(続きを読む)


ハレノヒ(白のブルース)

2019-01-20

今日は旧世界でいうところの大晦日。 昼から降り始めた雪が積もり、客足は例年より少なかった。 今年最後にメラクを指名した客は、竜人への偏見厳しい老いた浮浪者であった。 世界が『こう』なってしまったのは奴等の所為だとか、キメ(続きを読む)


食すれど – 狐火の唄 –

2018-10-06

ここは櫻乃郷、竜の墓場。 死にかけの竜が墜ちてくる。 女狐が、小さな家に住んでいる。 怪我した猟師と、住んでいる。 「竜が堕ちると、そなたはなぜ泣くのだ」 「わかりません…悲しいわけではないのです、縁もゆかりもない竜です(続きを読む)


さよならの黄昏

2018-09-01

日課のようだった夕立がいつのまにか無くなって、帰宅の電車内から見える夕焼けは、透明感を増していた。 ムッとする暑さで実感はないが、もう秋なんだろう。 夏は終わった。 これから全てが眠りに向かう。 そう思うと、心なしか乗客(続きを読む)


いつかの夜

2018-08-03

僕に帰る場所などないことを知っていて、君は訊ねたんだ。 「いつまでここに居るの?」 「ずっとさ」 「ずっと……?」 そう言うと彼は、ケタケタと笑い転げた。 彼は僕のクローンだから、僕がずっとここに居ると同じ顔が二人で暮ら(続きを読む)


火星生まれ、温室育ち

2018-07-29

「お兄ちゃんのバカ!あたしだってスパー…スパーゲッティー?ぐらいできるもん!!」 「なんだよ!作れるならやってみろ!!」 妹はフライパンを投げた。 くるくると回って飛んでくるそれを僕は避けた。 フライパンは回り続けて運良(続きを読む)