「私」の「鍵」

2020-06-06

 うっかり、私は私の鍵を失くしてしまった。  困った。  私を開けて中を見れば、記憶を確認できる。しかし、鍵を失くした今、ここ一年ほどの記憶が開けられない。  軽快な着信音が響く。スマホを見ると男の名前が表示されている。(続きを読む)


つつみかくさず

2020-02-01

僕の神様は、その手にある白い布でなんでも包んでくれる。 僕がおもちゃを壊したときには、それを包んでくれた。 神様に包まれたものは、誰からも見えなくなる。 だから、パパもママも、僕がそのおもちゃを壊したことを気付かなかった(続きを読む)


青い夢を見た

2019-10-05

四畳半の、その部屋の壁はクッションで覆われている。私はモモンガスーツを着て、VRゴーグルを装着した。 スイッチを入れると、VR世界のスポーン地点である、かつて地上にあったという『シブヤ』の『スクランブルコウサテン』にいる(続きを読む)


若輩教祖の論理学

2019-09-07

『世界は丸い玉の上に乗った盤』 それがウチの教義。 色も大きさも質量も異なる石を上手く配置することで、この世界の平衡は保たれる。そのバランスを見極め、配置するのが僕の役目。 今日も人々がやって来る。 「教祖さま、お話した(続きを読む)


勇者ものがたり

2019-08-03

僕は勇者だ。 村を焼いた魔王を倒すため、北へ向かって旅に出た。 「あっ、オオカミだ!」 唸りを上げるオオカミに剣を振り上げ、叩き斬る。 経験値がひとつ上がった。 僕は森を抜け、砂漠をゆく。 突然、遺跡のレンガが人型に積み(続きを読む)


麗らかな春の10歳

2019-04-06

「ねえおかあさん見て!玄関にツバメが来たよ!巣作りするかな?ひな生まれるかなあ?あーダンボールとか下に敷いた方がいい?落ちたら大変だよね!!」 「気が早いわよ」 「だよねえ」 咲(さき)と名付けた娘は、願いどおりよく笑う(続きを読む)


《bar ティアドロップス》

2019-03-02

そこは、駅から10分の裏路地。 《bar ティアドロップス》 今にも力尽きそうな古い看板と、年季の入った木製のドア。 これまでに何度も、立ち止まって看板だけ眺めては踵を返す、ということが続いている。 「…まあいいや。どう(続きを読む)


インフルエンザ・ウィズ・ヴァンパイア

2019-02-02

「理人さん!お返事、できますか…!」 小夜子は居間に横たわる理人の耳元で声をかける。 彼はうっすらと目を開けた。 「ああ! いま救急車を呼ぼうかと」 「…大丈夫、ですよ」 「さっき飲んだお薬、人間用だったんです! あそこ(続きを読む)


さよならの黄昏

2018-09-01

日課のようだった夕立がいつのまにか無くなって、帰宅の電車内から見える夕焼けは、透明感を増していた。 ムッとする暑さで実感はないが、もう秋なんだろう。 夏は終わった。 これから全てが眠りに向かう。 そう思うと、心なしか乗客(続きを読む)


いつかの夜

2018-08-03

僕に帰る場所などないことを知っていて、君は訊ねたんだ。 「いつまでここに居るの?」 「ずっとさ」 「ずっと……?」 そう言うと彼は、ケタケタと笑い転げた。 彼は僕のクローンだから、僕がずっとここに居ると同じ顔が二人で暮ら(続きを読む)